International Crisis Group(2/7)
【要旨】
少なくとも、先週のバグダッドの市場での恐ろしい爆破事件がおこるまで、イラクで流血の惨事が劇的に減ったのは、2007年8月のムクタダ・アル・サドルの一方的な停戦によるところが大きい。米軍とイラク軍からの激しい圧力と、彼の地盤であるシーア派からの不満の増大を受けて行った、暴力的な活動を抑制するためのムクタダの決定(シーア派内の敵対勢力や米軍に対する6ヶ月の一方的な停戦宣言)は前向きな一歩だった。しかし、状況は依然として危うい。暗転する可能性をはらんでいる。もし、米軍やその他が、自分たちの優位性を一層高めるべく、サドル派に致命的な打撃を与えようとするなら、彼らがこれまで得たものは無駄と化し、暴力事件の激発を招くことになるだろう。必要なのはむしろ、ムクタダの一方的な施策を、サドル派が完全な合法的政治勢力に発展する契機となるような、包括的で多角的な停戦へと転換するよう働きかけることだ。
サドル派は自らの成功の犠牲者だ。急激に増えた資金、構成員、活動範囲は、大きな不正を生み、内部の結束を緩め、大衆の反発を招いた。内輪もめがおき、犯罪組織と大差ない分派集団が増えた。結局、ムクタダのシーア派支持層にまで反サドルの心情が高まった。米軍増派は、特にバグダッドで、サドル派の内情を悪化させた。実際、いくつかの場所で、マフディー軍の勢力拡大をとめた。2007年8月、聖地カルバラで、マフディー軍と敵対関係にあるISCIが、ついに衝突したのだが、このことがサドル派の立場をさらに弱体化させた。
こういったことを受けて、ムクタダは、すべてのマフディー軍の活動を6ヶ月停止することを宣言した。宣言をマフディー軍と関係するグループ(だらしない所も、しっかりした所も)すべてに当てはめた。また、伝えられるところによれば、ムクタダは宣言に従わない者を手なずけるために忠誠心の最も熱い兵士を派遣した。そして、この件で最も重要なこと。彼の命令は、マフディー軍の名を語って悪事を働く犯罪集団や、道を踏み外したサドル派構成員ら、利益を享受していた集団の正当性を剥ぎ取り、免責を撤廃した。
停戦は概ね実行され、バグダッドの増強された米軍とイラク軍はともに、武力衝突の激減の一因を担った。小休止は歓迎すべきことだが、しかし、誤解を招きやすく、壊れやすい。ムクタダの決定は実利的な計算によるもののようだ。すなわち、停戦は、彼の信頼性を高め、兵の再構成を許し、米軍が去るのを待つのに役立つ。実際、彼らは後退したにもかかわらず、防備の手を緩めず、いくつもの地域で大変な力を持っている。バグダッドは軍事的圧力から解放されたが、マフディー軍の兵士はイラク南部に場所を移して展開している。この結果、米軍が後ろ盾になっているISCIとの階級対立が激しくなる可能性がでてきた。
サドル派兵員の中では、停戦に対する苛立ちが高まっている。彼らにとっては停戦は力や資産を失うことと同じ意味だ。アメリカとISCIがサドル派の動きを弱体化させようと共謀していると信じており、ムクタダの戦闘再開の許可が下りるのを切望している。サドル派の幹部はこの圧力に耐えているが、それもいつまでも続かないかもしれない。ムクタダの受動的態度がより問題視されるようになると、彼は現在の戦略が便益より代償の方が大きいと結論を出すかもしれない。2008年2月初旬、サドル派幹部たちは、月末で切れる停戦をムクタダが延長しないよう要求している。
米軍の対応、すなわち、引き続きサドル派の好戦的な者(一部は民兵のメンバーでない)を攻撃し拘束すること、サドル派の勢力範囲を押し戻すために南部のシーア派反対勢力に武器を供給すること、そしてその多くをムクタダの天敵であるISCIに注ぎ込むことは、無理からぬことかもしれない。しかし、近視眼的だ。サドル派を脇へやるのは難しい。彼らは依然として屈強であり、若者や低所得者や特権を奪われたシーア派市民にとっては人気の大衆運動だ。いまもって首都の重要地域を支配しており、南部の諸都市においてもそれが言える。いまだに、米軍は主要な拠点を事実上攻め落とすことができないでいる。米軍の作戦を強化し、イラク人の関与を増やしたとしても、マフディー軍を打ち負かすことを期待するのは非現実的だ。圧力を強めるとすると、むしろバグダッドでは激烈な抵抗を、南部ではシーア派の内部対立激化を招くだろう。
ムクタダの動機は別として、彼のとった選択は、もっと本質的、継続的にサドル派の活動が転換する可能性を宿している。停戦宣言をしてからの期間、彼は手に負えない連中を取り除こうとした。規律を高め、民兵に目を注ぎ、自分自身の尊厳を復活させた。一方で、基本的な要求、とりわけ占領に反対することで国民の主権を守るということを、正当に議会を通すことによって進めてきた。課題はこの機会をうまく捉えることであり、ムクタダの戦略的適応を長期的戦略に替えるよう求めることであり、サドル派の活動が厳格な非暴力的政治勢力へと発展するよう後押しすることにある。
【提言】
ムクタダ・アル・サドルとサドル派幹部に対して
1,規律を高めることを明確にするとともに、サドル派幹部は以下について責任を明確にすること。
(a)継続的で完全な停戦を実行する。そして、
(b)包括的な政治計画をはっきり述べる。
アメリカ政府とイラク政府に対して
2.マフディー軍とサドル派の活動に対する軍事行動を以下にもとづいて綿密に制限すること。
(a)対象を、正当な軍事目標、すなわち市民または米軍またはイラク軍に対する攻撃に関与する武装集団、武器貯蔵庫や隠れ家、そして武器密輸ネットワークに絞る。
(b)サドル派のパトロールや検問に対して対応策をとる。そして、
(c)教育、メディア、医療サービス、宗教に関する事柄を含む、サドル派の厳格な非軍事的活動について寛大に取り扱う。
3.シーア派のsahwa(覚醒)によって勧誘を禁止させ、米軍が支援する部族及び市民による民兵をマフディー軍の戦闘に配置する。そのかわり、自分たちは専門性が高く無党派の治安部隊の設立や、入念に調べあげたマフディー軍兵士を治安部隊に統合することに集中する。
ナジャフを拠点にする聖職者に対して
4.非武装でしかるべき自制を表明する限りは、サドル派が聖地の聖なる場所を訪れるのを許すこと。
●要約と提言
http://www.crisisgroup.org/home/index.cfm?id=5286&l=1
●全文
http://www.crisisgroup.org/library/documents/middle_east___
north_africa/iraq_iran_gulf/72_iraq_s_civil_war_the_sadrists_
and_the_surge.pdf
●International Crisis Group
ブリュッセルに本拠を置く新興シンクタンク。世界60箇所の紛争地域や紛争の可能性がある地域に研究者を派遣し、フィールドワークに基づく予想に対して政策提言を行っているのが特徴。日本のマスコミもときどき引用している。2002年のバリ爆破事件がおこる2ヶ月前に、犯行グループのジェマーイスラミアに危険な兆候が見られることを指摘したことで有名。2004年夏、ソマリア暫定政府の要求に基づくPKF派遣要請について熟考していた安保理に対し、派遣すれば逆に紛争激化の火種になると強く反対。当時のアナン事務総長と安保理に対し、3段階のアプローチを提言し受け入れられている。
http://www.crisisgroup.org/home/index.cfm?id=208&l=1
http://www.time.com/time/asia/2005/heroes/icg.html
月に一回、60箇所の状況を短くまとめ、それぞれを前月と比べて好転、悪化、変わらずの3段階で評価したレポートを発表している。以下は2月1日号。
http://www.crisisgroup.org/library/documents/
crisiswatch/cw_2008/cw54.pdf
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