事件がおこったウィスコンシン州のクランドンは、カナダ国境に近い5大湖の南に位置する、わずか2,000人が住む田舎町だが、はて?どこかで聞いたような…と思った人がいるかもしれない。
http://abcnews.go.com/GMA/story?id=3652821&page=1
女の子は、Zahraaちゃん、7歳(ビデオクリップだとザハラと呼んでいる。ちなみに苗字は本人と家族の安全上、伏せられている)。隣はおばあちゃん。バグダッド在住。ザハラちゃんは両目の角膜異常で生まれながらにして目がほとんど見えないのだが、クランドン市民の支援ではるばる15時間かけて渡米、いま治療を受けている最中だ。
それは偶然のことだった。
イラクの米兵は、ドンパチ以外にも様々の理由から住民向けの福利厚生を行っている。お菓子を子どもに配るのもその一環だ。軍隊生活22年、クランドン出身のなかなかのいけめん、ジョニー・ケンペン陸軍3等陸曹(Johnny Kempen)は、2006年のある日、パトロール中に兵士がその仕事に従事しているのをそばで見ていたところ、あることに気づいた。
兵士はふつうはそれほど親切ではない。子どもに向かって、ポイッと投げ渡すもんだが、そこにいた小さな女の子一人だけには妙に丁寧に対応していたのだ。女の子はというと、それはもう子猫がなんとかしようともがいているという感じだった。兵士から目が見えないことを知らされた彼は、そばにいた衛生兵に彼女をつれて医者に診せに行くように求めた。彼らは確かに診せにはいったのだが、医者がやったことといったらサングラスと目薬をあげたに過ぎなった。原因は角膜の病気であること、それが痛みを伴うものであることがわかっただけに、これでは意味がない。かといって、イラクには助けを求めているひとはそれはもう五万といるわけで。このころのケンペンさんは、もうイラクでは大概のことを見たつもりでいたのに、この件にはとてもいたたまれない気持ちになったという。こうなったら自分の手で何とかできないかと思い立つ。早速、医療関係で働く母親にEメールで相談したところ、幸いにもクランドンのライオンズクラブの協力をとりつけてくれた。
女の子の名前はザハラちゃん。こうして、一米兵と米国の田舎町の市民による治療プロジェクトは始まった。
ライオンズクラブは、シカゴ発祥のボランティア団体だ。会社の社長とか専務とか、医者とか坊さんとかいわゆる町の名士の集まりで世界中に支部がある。KFCのカーネルおじさんが入っていたロータリークラブと似ている。ライオンズクラブの奉仕活動は多岐にわたるが、中でも視覚障害者に対するそれは世界的に知られている。
クランドンのライオンズクラブはクランドンとその周辺住民を対象に一年ほどかけて、滞在中の受け入れ家庭の呼びかけ、飛行機代のためのファンドレイジング(募金活動)、手術をしてくれる医者探しにつくした。一方、ライオンズクラブ・インターナショナルは、ザハラちゃんのビザ給付、通訳の手配、渡航日程の設定を手がけた。甲斐あって、クランドンの南にある13万人都市、ウォーソーの比較的大きな病院、 アスピラスウォーソー病院(The Aspirus Wausau Hospital)の医療スタッフが無料で手術を受け負ってくれることになった。また、お金もクランドンのライオンズクラブが集めた$7,000が効いた。この金額は全体の中で大きな位置を占める。とはいえ、小学生が集めた$400の方がここの大人にとっては価値があるという(褒めて育てるってやつかな)。
8月28日、右目の角膜移植手術が1時間にわたり執り行われた。経過は順調。「最初は18インチ(45cm)の距離でテレビを見ていたのが、いまでは45~48インチ(113~120cm)離れて見られるようになった」とおばあちゃんは嬉しそうに語っている。今月中旬か下旬に左目の手術が予定されている。こちらも角膜を移植する。担当医によると両目とも劇的によくなるはずだと楽観的だ。
10月4日、クランドン小学校で、関係者をあつめてセレモニーが開催された。今はアラスカ州の基地で勤務しているケンペンさんも駆けつけ、ザハラちゃんと感動の再会。小学生にむかっては他人のために行動することの大切さを説いた。「自分に力があれば、人々の役に立てるんだよ」と強調した。小学生に暖かく迎えられたザハラちゃんは教室などを見学、学習用カードゲームでみんなと楽しく遊んだあとは大好物のアイスクリームをほうばった。
この美談はウィスコンシン州の地元メディアが大きくとりあげ、ケンペンさんの勤務先のアラスカ州のメディアでもとりあげられている。9月26日にはABCが朝の定番番組、Good Morning America で全国放送するに至った。番組ではご丁寧にライオンズクラブの募金受付先も紹介している(もっともライオンズクラブによると今のところ大手メディアで報道したのはここだけだ。ググってもABCと地元メディアしかでてこない)。
http://rhinelanderdailynews.com/articles/2007/10/05/news/news02.txt
http://www.adn.com/news/alaska/story/9355533p-9269544c.html
AP通信は痛ましい事件を伝える中で美談に触れ、「我々はもう一度一体とならねば」という市長の落胆した声を載せている。
http://abcnews.go.com/US/WireStory?id=3700350&page=3
この戦争だとか占領のいかがわしさを横において考えると、米軍にとってのイラク人向け福利厚生は、全ての人に健康をと謳う基本的人権に基づいたものであらねばならないし、機会平等でありつつも緊急性の高い方が優先されねばならないし、できるだけ高い医療レベルをめざす姿勢が求められる。しかし、現実はそんなにうまくいくはずがない。そんな中でザハラちゃんを救うには、いわば公的な使命をもった米軍の医療からはなれて、私的な理由から突破するしかないわけだが、そうすると、ではなぜこの子なんだ?という疑問は第3者からみると当然のことながら沸いてくる。なにせ理由はケンペンさんが「感じたから」しかないのだから。
とはいえ、これは良い行いだ。この離れ業に、イメージ的にアメリカ人っぽい積極性と良心を感じる。これと対極にあるのが今回の事件だ。銃乱射で大量殺害もまたいかにもアメリカっぽい。こんな小さな田舎町にありそうもない2つの出来事が重なったなんて不思議な運命のめぐり合わせだ。
ライオンズクラブ(トップページのフラッシュ画像がザハラちゃん。米国版では、随時ニュースにあがっており、特集ページが組まれている)
http://www.lionsclubs.org/JA/index.shtml
ジョニー・ケンペンさん(いけめんショット)
http://abcnews.go.com/GMA/popup?id=3653157&contentIndex=1&page=2
http://abcnews.go.com/GMA/popup?id=3653157&contentIndex=1&page=3
アスピラスウォーソー病院(概観)
http://www.aspirus.org/hospitalsClinics/index.cfm?catID=2&subCatID=17&pageID=17
グッドモーニングアメリカ放送ビデオ(右側)
http://abcnews.go.com/GMA/story?id=3652821&page=1
*上のザハラちゃん支援の経緯は地元紙のザ・デイリーニュースなどの報道をまとめたものだが、ライオンズクラブにいきつくあたりまでが陸軍のニュースサイトにあるのと違う。陸軍のはまとめるとこうだ。
「ふつう、子どもはキャンディーをもらいに駆けてくるんだけれど、女の子は誰かが差し出してあげないと無理だった。目に入る光の加減を調整できないようだし、ほかの子から孤立しているようなかんじだった。部隊はこれも役目と思って、衛生兵が彼女を診察したのだが、彼女の両親に聞くとずっと前に医者にみせたとき何が悪いのかわからなかったそうだ。そして、医者から助けにならないと思われつつも目薬を渡されたという。ナショナルイラクアシスタントセンターではイラク人に対して治療をほどこしているだが、そこの医者にみせたところ、アメリカ本国でやるほうが早いと言われた。というのも、角膜移植に1,500人もリストに上っており、しかも必要な資材がまだ未開封という状況だったので。そこで、ケンペンさんは医学記載転写師の母親に相談。彼女はライオンズクラブに話をつけてくれた。さらに医者や滞在中の受け入れ家族探しにも奔走してくれたのだった。もっとも、ケンペンさんはライオンズクラブが協力してくれていたことを知らなかった」
ジェシカ・リンチ上等兵救出のときのように、また米軍によるヤラセかと思われるかもしれないが、そうではなさそうだ。一米兵のやさしさの裏に米軍の無能ぶりがわかるわけで、特にこの陸軍のサイトでは結果的に報道よりも無能ぶりが強調されてしまっている。ひかえめな報道もリンチさんのときとは大きく違う。
http://www.army.mil/-news/2007/09/07/4756-stryker-soldier-
spearheads-effort-to-treat-7-year-old-iraqi-girl/
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