イラク・イスラム評議会(SIIC)・・・300人が暗殺される
イラク・イスラム評議会(SIIC)は、以前はイラクのイスラム革命のための評議会(SCIRI)として知られていた。その支部(下部)組織はフセインが追放されるまですべてイランを本拠としていた。また、その民兵組織はバドル旅団であり、イラン人によって訓練された。
2005年より順次、マイサーン県、ジーカール県(県都ナーシリーヤ)、ムサンナー県(県都サマーワ)が、イギリス主導の連合軍からイラク側に受け渡されているが、マフディー軍とバドル派に恩義を感じている政府軍の間で激しい戦闘がいくつも目撃されている。
先月、バドル派の高官であるムサンナー県の知事・Muhammad al-Hassani と、同じくバドル派のカーディーシーヤ県のディーワニーヤ市長?・Jalil Hamza の暗殺があったが、マフディー軍の一味の仕業とする指摘がとても多い。
「私は、暗殺のやりあいが増えると予想します」と、バスラを本拠とする新聞編集者は言う。さらに、今年に入ってからだけで、バドル派および、イラク・イスラム評議会(SIIC)の姉妹政党(支部政党?)の支持者、少なくとも300人が、バスラで暗殺されていると付け加えた。
Jazayer 地区のある中流階級の住人は、8月19日に道路にいたときに目撃した、走行中の車からバドル派の事務所に向けた発砲が、即座に同じ地区でのマフディー軍兵士の誘拐、拷問、殺害へとつながったことを説明してくれた。
イギリス国防省の公式サイトに、先月イギリス陸軍がアップした記事の中で、「バスラを悩ます見えない敵、テロリストとたびたび対決するのは、臆病者でないからだ」と、Ross Jones 伍長は言っている。
*この最後の部分だけぜんぜん文脈と関係がないことが書かれている。引用元を探しだしたが、どうも編集段階で添削しそこなったのかもしれない。
入隊7年目の28歳のこの兵士が部隊とともにバスラにきて2ヶ月。パトロールを専門とし、責任をもって仕事にあたっているとある。
http://www.mod.uk/DefenceInternet/DefenceNews/
MilitaryOperations/OnPatrolWith4RiflesInBasra.htm
神の報復党・・・God's Revenge
あるシーア派政党は、イランの影響を受けた住人による指示を受け入れている。その政党とは、Thaar Allah、あるいは、神の報復(God’s Revenge)といわれており、バスラのあるジャーナリストは「時限爆弾」と称している。
この間の昼下がりのことだ。この政党のリーダー、Yousif al-Mussawi は、党本部の中庭に駐車してある、色つきの窓をもつSUV車の前に立って、表面に艶のある携帯電話で話をしていた。ひげを蓄えた彼は、襟にボタンがないシャツを着ており、黒いジーパンをはいていた。腰には大きなピストルが装着してあった。
「Thaar Allah は、神の意思により創られた政党です」と、外壁にぞんざいに書かれてある。彼の政党は落書き(グラフィティー)を好む。
戦闘服に身を包んだ重武装の男たちは、深い緑色に塗られた2階建てのビルを警備している。大勢の男や女が、党の役人と面会するのを待っている間、通路をうろついている。口論の解決を求める、あるいは政府の仕事を手にいれるのが目的だ。
Mussawiのオフィスでのことだ。彼は私が党の起源を訊いたとき、ちょっと不機嫌になった。しかし態度をやわらげ、1995年にイラン国境沿いの湿地帯の基地から、前政権に対して作戦行動を遂行するゲリラグループとして始まったと話してくれた。彼は元海軍士官で、悪名高きアブグレイブ刑務所に入れられていたが、米軍侵攻に先立つ2002年10月、フセインによって釈放された何千人かのうちの一人となっている。
彼はイランの最高指導者、アリ・ハメネイ師に対する親愛の情を隠そうとはしない。そして、党はイラクに、wilayat faqikh、すなわち、イランの系列に沿った聖職者によって統治される県(国?)の設立を願っていると言う。しかし、彼はイラン人との軍事や財務上のつながりは否定する。
彼は、党の存在をバグダッドを含めたイラク全体に広げる計画や、そのために全ての連合軍が去るまで戦う必要性についても話してくれた。「連合軍は強奪者であり、盗賊であり、占領者であり、力でもって絶対に抵抗するべき対象ですよ。私はそうしています」と、言う。詳細については語ってくれなかったが。
とはいえ、イギリス軍が作った7月の暴動の度合いについて示された極秘のバスラ地図を広げてくれた。どうやってこれを手に入れたのかと訊いたところ、「私たちのために、彼らが盗んできてくれたってわけ」と、笑って言った。
彼はバスラ市の南部、Abu Flous港を支配するAshourファミリーを含む裕福な商人が支払う見かじめ料によって、党が資金を得ているという抗争相手の告発を否定する。彼はこれらのファミリーから受け取る金を、「党員からの寄付」と呼んでいる。
彼はバスラで、Bayet al-Khumasi、またの名をぺタクルハウス(星型五角形の家)と同盟を組んだことで地位を強化した。
Bayet al-Khumasi は、イラク・イスラム評議会(SIIC) と、その支部(下部)組織のバドル機構(バドル旅団の新しい名前)、Shaheed Al-Mihrab Foundation、the Sayed al-Shuhada Movement、そしてthe Hizbullah Movement(レバノンのヒズボラとは関係ない)から成る。
それら全部が、Waeli知事の追放を望んでいる。
ファデラ党・・・知事のジレンマ
Waeli氏は、ファデラ党の一員であるが、バスラ県における公金の扱い、不正の扱い、ファデラ党が支配する15,000人強の石油施設防衛隊の扱い、また周辺県における原油の窃盗を専門とする民兵組織の扱いに対して、管理が行き届いてこなかったことを糾弾されている。
知事の政敵は、携帯電話で話すとき大きな声で繰り返す。美徳という意味のFadhila(ファデラ)を、罪悪という意味の"Radhila"に置き換えてあざけるのだ。
悪く言う者のいくらかは、さらに知事をイギリスやクウェートの工作員だと責めたてる。
ファデラ党は、 サドル師の父、故Muhammad Sadiq al-Sadr の教えに従っているが、息子がサドル派の権威を継ぐにふさわしいとは考えていない。ファデラ党のリーダー、Ayatollah Muhammad al-Yacoubi は、高い地位にある(年長の?)サドル派の門弟の一人であるが、党をイランに反対するシーア派アラブイスラム主義政党として形作ってきた。
このことは、ファデラ党とマフディー軍との間に緊張関係を生むとともに、イラン支持で影響力の大きいイラク・イスラム評議会(SIIC) との避けられない衝突へと向かわせている。
Waeli知事は、イランと県議会が求める彼の解任について非難しているが、その解任要求の理由は、彼が両者の影響力を封じ込もうとしており、さらにイランに友好的な9県を1つの領域にするという計画にバスラを含めることに反対だからだ。
「イランはイラクの彼らの同盟と一緒になって、あれやこれやでバスラの知事をかえたいと思っているんです」と、大柄なWaeli知事はばかでかいオフィスにある椅子に座って言った。知事は県議会の多数派によって通された不信任決議や、それに続く中央政府の知事解任要求と対決してきた。
「アラブ諸国は私の民族主義的傾向に注目しており、私を支持してくれてきたんです」と、知事は言う。
知事は、定期的に湾岸アラブ諸国を訪問しているが、それを投資促進のための訪問として宣伝している。
あごひげ、ミリタリーパンツ、黒シャツ、重武装の男多数が、県本部の周囲を警護している。
知事に対する圧力を強めるため、Thaar Allah党のMussawiは、4月、デモを組織し先導した。これは衝突を招くことになったのだが、知事は自ら武器を手にし、オフィスを守った。
知事の政敵は、北部のクルド人地帯に匹敵する超シーア派地帯の創設を望んでいることを隠そうとしない。
彼らは、軍事や諜報でイランとのあらゆる繋がりを否定しており、実際に経済的社会的なつながりのみであると言っている。
「イラン人は、私たちに協力することを憂慮していますが、ここではアラブ人勢力は不在です。それで、アラブ人は私たちをイランの延長だとレッテルを貼っているんです。そんな事実はどこにもないんですけどね」と、テヘランに本拠をおいた元反フセインのゲリラ戦士で、今はマリキ首相に近い国民議会議員のDagher al-Mussawi が創設したSayed al-Shuhada Movementの県議会議員、Qassim Muhammad は言う。
しかし、ロンドンのChatham House のイラン専門家、Ali Ansariによると、イランは県議会やその支部であるバドル派やSayed al-Shuhadaとかかわりが深く、さらにそのほかに、イギリス軍や連合軍にあからさまに暴力で対抗する組織を含むイラク南部の多くのシーア派組織を支援している。
「イラン人は可能な限りたくさんの馬を支援しているんです」と、彼は言う。「とはいえ、イラクのシーア派をどのぐらい気難しいものにするかで、イランの影響には限界がありますが」
マリキ政権・・・バスラを管理するためのバグダッドの努力
混沌とした、目まぐるしくかわる複雑な状況のバスラだが、中央政府は、原油輸出によってバグダッドの歳入の90%近くをはじき出すこの重要な県を力ずくで管理しようとしている。
マリキ首相がこの県に非常事態宣言を発して1年後にあたる6月、彼はMohan Hafidh 中将を、イギリス軍との連携でバスラ県の治安に責任を担う組織である、Basra Operations Center (BOC) の代表に任命した。イラク軍はMohan司令官の指揮下におかれ、イギリス軍が明け渡した宮殿を受けついだ。現在、軍は定期的に夜間、市中に検問所を設け、民兵の活動を抑えようとしている。
「BOCとMohan Hafidh司令官はバスラの最後の希望ですが、多くの政党は両者が負けることを期待しています。というのも、政党は自分たちの利益が侵食されることを望んでいないからです」と、司令官の顧問、Majid al-Sariは言う。
マリキ首相は、警察官を兼業でやっている民兵を追放するために、Jalil Khalaf少将も任命しているが、彼はすでに2回も暗殺未遂にあっており、何度もデモ抗議を受けている。というのも、資格のない役人を解雇すること、裏で民兵として活動するときに警察官が警察車両を使うのを阻止すること、すべての警察官は口ひげを剃るという要求を実行することを求めているからだ。
「バスラの犯罪活動は病原体のようなものであり、警察の弱さと忠誠心の重複によって育まれるのです」と、警察署長はバスラを本拠とするAl-Manara新聞に語っている。
バスラの大手運送会社の職員によると、少数の人々と、いうまでもなく警察官は、8月19日の真昼間におきた、$120万相当の地方農業審議会が所有する基金のほとんどを装甲車が持ち去ったという、恥知らずの犯罪について説明できるという。
たぶんフセイン政権で軍医を務めていたという理由から殺害された同僚2名と、バスラの一流の外科医であるZaki Faddagh の誘拐について、7月、ある医者の団体は抗議デモをしたのだが、デモに参加した一人の医者によると、自分たちを守る護衛を雇うようにと県の役人に素っ気なく言われたという。
Faddagh医師は、解放のための身代金が支払われた後バスラを離れている。彼はさらに詳しい話をしてくれた。8月に10代の息子が2週間にわたり誘拐されてから、今、財産を全部売り払って完全にバスラを去るつもりでいるという。一度に多額の身代金を払ったため息子は解放されたが、警察官が誘拐犯に協力していたという証拠があるという。
「もし、イギリス軍が本気で占領軍の役割を担い、最初からきっちりとこういったことに対処していれば、私たちはこんな状況に陥らなかったでしょうね」と言った。
〔解説4〕
治安組織に、サドル師派のマフディー軍やSIICのバドル旅団が入り込み、治安を乱しているという構図はバグダッドなどと変わらない。
イギリス軍・・・「軽いタッチ」
イギリスのCenter for Defense Studies のアナリスト、Martin Navias が、よく似た評価をしている。「[ここでのイギリス軍のやり方である]軽いタッチが、バスラにおいては、競合するさまざまな組織の主導権争いを許してきました。イギリスの統制力はわずかです。私たちはあちらでは本当に取るに足らない存在なのです」
クウェートから続く重要な供給ルートの安全を確保するために、あるいは増加する民兵からの攻撃から自分たちを守るために、イギリス軍は警察と軍の訓練に没頭してきた。つまり、彼らはイスラム主義政党や民兵の抗争にこういった訓練で対応してきたのだ。
バスラのイギリス軍は、クリスチャンサイエンスモニターの度重なるインタビューの申し出を断っている。
金曜日の声明の中で、イギリスのゴードン・ブラン首相は、13,000人のイラク兵の訓練をイギリス軍の最高の業績と褒めちぎった。そして、バスラの治安管理のすべてをこの年末までにイラク側に引き渡すとともに、イギリス軍は「監視」役につくと言った。
もっとも、供給ルートについてはイギリスが引き続き警護すると言う。
イギリス軍が去ることでできる隙間をアメリカ軍がうめる必要があるのか、という水曜日になされた質問に対し、ぺトレイアス司令官は、バスラでのマフディー軍高官2名や親イラク民兵ヒズボラのレバノン人諜報員1名を捕捉した3月20日のように、アメリカの特殊作戦部隊がイラク兵とともにピンポイント作戦をやるなら、その間より多くのイラク兵がバスラに派遣されるだろうと答えた。
今、マフディー軍はバスラで「隠れアメリカ兵(諜報員、スパイのこと?)」をけん制する横断幕(垂れ幕)を張っている。
先週のワシントンでの証言で、ぺトレイアス司令官は、とりわけここ8ヶ月で最も「不安定な」進展をみせた場所の一つであるイラク南部において、イランの影響がどんどん深まっていると呼びかけた。
(一方で)彼は、バスラが引き続き機能するように、さまざまなイスラム主義政党や民兵が、ほかの組織と「協調(和解?調整?)する」方法を見出していると言った。
「興味深いことに、今あそこでは、穏やかに鼓舞されているのですが、南部における一種のイラク型解決策として協調(和解?調整?)がみられます」と言った。「私たちはバスラに対して静観しているところですが、イラク人によってバスラの問題が解決されるだろうと期待しています」
まとめ・・・バスラの主なシーア派勢力について
◎サドル師派とマフディー軍
急進的聖職者のムクタダ・アル・サドルの活動は、バスラで圧倒的な影響力がある。警官のうちいくつかの部隊を掌握しており、病院、教育委員会、大学、港湾、石油ターミナル、石油製品、電力分配会社を支配。マフディー軍は県内に17,000人を擁すると見られており、イギリス軍を攻撃しつづけてきた。治安当局はバスラ在住のマフディー軍兵士のいくらかはイランの影響を受けており、イランに恩義を感じているという。イランからの経済的支援もあるといわれている。SIICらがすすめる超シーア派主義地帯の創設に反対だが、ファデラ党の知事の解任は支持。SIICと激しく対立。イギリス軍撤退後はSIICとの抗争が激化すると思われる。
◎イラク・イスラム評議会(SIIC)
The Supreme Islamic Iraqi Council。以前はイラクのイスラム革命のための評議会(Supreme Council for the Islamic Revolution in Iraq:SCIRI)として知られていた。なお、バスラでは以下の4つの支部政党や武装組織を抱えている。
・バドル機構
かつてイランに訓練を受けたSIICの民兵組織。バドル旅団として知られている。
・The Shaheed Al-Mihrab Organization
SIICの代表(アブドゥル・アジズ・アル・ハキム)の息子、Ammar al-Hakim が率いる全国組織。
・The Sayed Al-Shuhada Movement (Master of Martyrs Movement)
殉教の達人運動と訳せるか。
・The Hizbullah Movement in Iraq(レバノンのヒズボラと無関係)と、そのほかのイラクの小政党
どちらも、Hizbullah al-Iraq と呼ばれている。
SIICを含むこの5つのグループはかつてイランを拠点にしており、イラン政府とつよい繋がりがある。超シーア派主義地帯の創設に賛成。グループあわせてバスラ県議会の定数40のうち21議席を擁しており、バドル機構はいまもって税関部署を含むいくつかの警察部隊を支配している。なお、バドル旅団の一員として知られるバドル派は、イラク中央から南部にいたるまで、知事や治安部隊の司令官といった高い地位についている。サドル師派と激しく対立。
◎ペンタクルハウス
SIICと、4つの支部(下部)組織はBayet al-Khumasi、またの名をThe Pentacle House(ペンタクルハウス:星型五角形の家)という会派をつくった。その目標は、シーア派9県をひつにした「バグダッド南部地帯」を創設すること。バスラの広告板では「シーアルネサンス」計画の文字がおどる。
◎ファデラ党
The Islamic Fadhila (Virtue) Party。バスラの地元住民が創設した全国組織。代表はナジャフを拠点とする精神的指導者、Ayatollah Muhammad al-Yacoubi。彼は2003年、ムクタダ・アル・サドルに離反している。サドル師派の考えをずっと支持しているが、より一層イランの干渉を嫌うシーア派アラブイスラム主義政党として自らを形作ってきた。バスラ県議会で12の議席を擁し、知事職と2つの副知事ポストのうち1つを占める。イラン支持で影響力の大きいSIICらがすすめる超シーア派主義地帯の創設に反対。
◎神の報復党
Thaar Allah (God's Revenge) Party。Yousif al-Mussawiが率いるバスラを拠点とする小政党。親イラン。警護をあてにする裕福な商人から多額の資金を得ている。15,000人強の石油防衛隊を支配している。ファデラ党の知事の解任を求め、SIICとその会派、ペンタクルハウスとで同盟をくんでいる。Mussawi氏は2006年の党本部襲撃で家族(仲間?)3人が殺害されたのは、知事のせいであると非難している。
◎Hizbullah al-Iraq
族長、Abdul-Karim al-Mahamadawiが率いる小政党。隣のマイサーン県を拠点にしている。Mahamadawi氏は、プリンス・オブ・マイサーンとして知られ、配下に(仲間の?)武装した部族多数を擁する。バスラでの存在感は大きい。SIICやその下部(支部)組織とは緊張関係にある。
◎Mahmoud al-Hassani al-Sarkhi
サドル師派に離反した聖職者。彼を支持する民兵の大半とともに聖地カルバラにいると言われているが、バスラにも仲間がいる。彼のポスターは多くの通りで見られる。賛否両論のこの聖職者は、ナジャフを拠点とするシーア派の最高権威であるAli al-Sistaniが率いるmarjiya(非常に影響力のあるシーア派宗教協議会)の権威に異議を申し立てたことがある。
http://www.csmonitor.com/2007/0917/p01s08-wome.html
●スライドショー:バスラの状況/東洋のベニスに特派員が3年後に再訪した
〔ナレーション概要〕
かつて中東のベニスと謳われた水の街バスラは、今や下水垂れ流しにゴミの山。この汚さは、記者が2004年に訪れたときよりも悪化しているらしい。政治家と民兵の協議により、汚水と下水処理について多少は改善したというが…。
レストランの主人にきくと、ガスも水も電気も薬もないという。
汚職はいたるところにみられるとか。サウスオイル社は、原油探査と生産にかかわる大企業だが、青いユニフォームをきた何十人もの警備員がメインエントランスを守っている。上級職員は、民兵が力ずくで従業員名簿に何千人もの名前を新たにのせたという。
男性が一家を支えるための仕事はない。大学を卒業したからといっても状況に変わりはないらしい。
バスラで広く使われている携帯電話会社の広告版に描かれた女性は、黒く塗りつぶされている。ベールを着用していな女性はたとえ広告でもイスラムの教えに反するというのが民兵の主張だ。イスラム聖職者によるファトワによって女性はスカーフ着用が規則になっているらしい。
レストランで音楽がかかることはない。なぜなら音楽が禁止されているからだ。
*ビデオのBGMはバスラ出身のアーティストによるもの。伝統音楽が心地がよい。
http://www.csmonitor.com/slideshows/2007/scenesbasra/
●取材日記
いまどき、単独でバグダッドからバスラに行くのは簡単ではないと、Sam Dagher 特派員は言う。「みんな、7時間かけて車で行くのには反対しますね。強盗や腐敗した治安部隊のメンバーにまつわる恐ろしい話を詳しく聞かされますよ」
週2便、イラク航空のバスラ行きフライトがあるが、乗客が十分にいるときでないと飛ばない。「私ら、最初は行き損ねました。なんせ乗客6人でしたから。2回目は15人でした。戻ってくるほうが楽でしたね。Muhammad Mosabeh al-Waeli知事が同じ便にいたんで」
http://www.csmonitor.com/2007/0917/p06s01-wogn.html
●特集「バスラ:イギリス軍撤退後」そのほか
'Shiite Taliban' rises as British depart Basra
http://www.csmonitor.com/2007/0918/p11s01-wome.html
In the 'Venice of the East,' a history of diversity
http://www.csmonitor.com/2007/0918/p11s02-wome.html
Basra oil fuels fight to control Iraq's economic might
http://www.csmonitor.com/2007/0919/p12s01-wome.html
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