
プライスレス。マスターカードのCMは、世の中にはお金で買えない価値がある、それこそが一番価値があると言っている。しかし、同時に買えるものの集合体が買えないものでもあるとも言っている。
買えるものの集合体が買えないものということは、両者は等価交換できるということだ。
アメリカ政府は911テロや戦争による友軍の誤射等の被害者に、賠償金や見舞金を支払っている。これは等価交換の例だ。けれども、当然のことながら失われた命をお金と交換してもらっても所詮命は戻ってこない。等価交換はあくまで擬似的である。
イラク、アフガニスタン
4月12日、ACLU(アメリカ市民自由連合)は情報公開法に基づき手に入れた、イラクとアフガニスタンの一般市民が米軍による殺害や負傷について賠償請求した書類を一般公開した。
http://www.aclu.org/natsec/foia/29316prs20070412.html
左下の「Browse the Complete Log of Documents」を押すと全件にアクセスできる。
http://www.aclu.org/natsec/foia/search.html
●概要
・496件のうち、479件がイラク、17件がアフガニスタンである。
・198件は、敵によるものか戦闘中の米軍によるもので請求が棄却された。こういうケースを米軍は、combat exclusion(戦闘除外)と呼んでいる。
・164件は、家族に対して現金を支給。うち半分で責任を認め、compensation payment(損害賠償金)を申し出ている。残り半分で、condolence(見舞金)として、過失を認めずお悔やみを申し出ている。この場合、2,500ドルを上限に任意の金額を支払っている。
・ただし、この496件には、軍のSIGACT(significant act=特筆すべき行為)は含まれていない。SIGACTとは、証拠を裏付ける目撃者がおり、見舞金が支給されと思われるにも関わらず請求してこなかったケースである。
・50件は検問所、42件は部隊車両のそばでおこったケースである。
◎支払いを認めた例(リンク先のPDFは本物の写し。とても生々しい)
(1)サラフッディーン県で、就寝中の家族に誤って100発以上をぶちこんだ。その結果、請求者の父親、母親、兄弟が死亡。家族の財産である32匹の羊が死んだ。軍は過失を認め、11,020ドルの賠償金と、2,500ドルの見舞金を支払うことを決めた。
http://www.aclu.org/natsec/foia/pdf/Army0612_0617.pdf
(2)請求者の9歳の一人息子が外で遊んでいたところ、流れ弾があたって死亡。軍は責任を認め、4,000ドルの賠償金を支払った。
http://www.aclu.org/natsec/foia/pdf/Army0867_0873.pdf
◎支払いを認めなかった例
(3)北部のキルクークでのこと。請求者の息子がチェックポイントに車でやってきたが、車の屋根を突き抜けた弾が腹部に命中。後にその傷がもとで死亡。陸軍軍曹は、「警告射撃を受けて、それが車から降りろという意味であると思うだろうか。自分だってもし同じ立場なら車内に留まるだろう」とEメールで証言しているが、請求は棄却された。
http://www.aclu.org/natsec/foia/pdf/Army0430_0438.pdf
◎支払いがあったかどうか不明の例
(4)バクバ市で、タクシーがチェックポイントを通過しようとした最中のこと。乗車していた請求者の母親が死亡、5歳になる弟の頭には多数の金属片が突き刺さり、姉妹の足には弾があたった。軍のメモには「チェックポイントの前方にはまだ円錐標識や掲示板が用意されていなかったことを指し示す証拠がある。それがドライバーは止まることを要求されているとは思わなかった理由ではないか」とある。担当者は7,500ドルの見舞金を提案したが、実際に認められたかどうか分からない。
http://www.aclu.org/natsec/foia/pdf/Army0762.pdf
この件について、Editor & Publisher誌がGreg Mitchellさんの感想を取り上げている。……「米兵に学生かばんを爆弾の入ったかばんと間違われて射殺された9歳の子どもの値段(支払う場合の)ってどのくらいのもんでしょう?500ドルって信じられます?それから、イラク人ジャーナリストを射殺して未亡人に2,500ドルの支払い。何で彼女が請求したわずか5,000ドルが認められないんでしょ?」
http://www.antiwar.com/engelhardt/?articleid=10960
ボストングローブは、昨年6月に国防総省の関係筋の発言をとりあげている。イラク人1人あたりの相場は、手足の切断のような怪我で数百ドルから。死ぬと2,500ドルらしい。
これを裏付ける話がある。2005年11月19日にハディーシャでおこった事件では、一人当たり2,500ドルだった。この事件は、道路に仕掛けられた爆弾で同僚が殺害されたことに怒った兵士が、報復によって女、子どもを含む約20人を殺害、証拠隠滅を図ったとされるものだ。
弁護士で、自身も家族を殺害されたKhaled Salem Rsayefさんは、数軒の遺族代表を務めた。事件がおこって1ヵ月後、米軍から支払いを受けた。「被害者のうち4人の男は武装勢力の一員とわかったと言われ、総額38,000ドルだった。それで、一人あたり2,500ドルだと理解したのだが、惨事と引き合わない小額だと言った」と、AP通信に語っている。
http://www.boston.com/news/nation/washington/articles/
2006/06/08/condolence_payments_to_iraqis_soar/
・500ドル=61,000円
・2,500ドル=306,000円
・4,000ドル=489,000円
・7,500ドル=917,000円
・11,020ドル= 1,347,000円
※2007年7月17日現在、1ドル=122円
http://finance.yahoo.com/currency
911テロ
911テロで亡くなった7,408人に対してアメリカ政府が支払った賠償金は、一人平均2,082,128ドル。中央値は1,677,633ドル。これは当時の年齢や給料をもとに計算されたものだ。98%の有資格遺族が申請書を提出している。
http://www.usdoj.gov/archive/victimcompensation/
payments_deceased.html
一連の作業の中心になったのが、「the September 11th Victim Compensation Fund of 2001」(911犠牲者賠償基金2001)だ。
テロ発生13日後にを議会主導で創設され、33ヶ月かけて犠牲者の生命を金銭的価値に置き換えた。犠牲者の中にはWTCで働いていた不法移民や外国人もいるが、そういった人たちにも支給されている。
http://www.antiwar.com/engelhardt/?articleid=10960
また、4,400人以上のけが人にも対処している。
2004年6月15日にすべての作業を終えている。
http://www.usdoj.gov/archive/victimcompensation/
comp_deceased.html
この基金が遺族やけが人に払った総額は70億ドルである。
また、トレードセンター健康委員会のEdward Skylerニューヨーク市助役(副市長?)は、911テロによるヘルスケア対策としてこれまでにニューヨーク市と全米が使った額を集計すると393億ドルになると言う。
そして、これからも予算が注ぎ込まれつづけるようだ。今年2月、ブルームバーグ市長は、ホコリや煙を吸い込んだ人で健康診断や治療が必要と思われる43,000人に対して、現状の2,500万ドルから1億5,000万ドルに増やすよう大統領に提言するかもしれないと報道された。
http://www.nytimes.com/2007/02/14/nyregion/14health.html?ex=
1184904000&en=a9a744634f462e1e&ei=5070
・2,082,128ドル=254,456,862円
・1,677,633ドル=205,023,528円
・70億ドル=8,527億円
命の値段は平等か?
911テロの補償は中央値で一人2億円。イラクなら一律30万円らしい(上であげたように9歳の男児に4,000ドル=489,000円という例もあり、情報が錯綜している。ここでは男児の例は考慮しない)。
アメリカ政府が支払うわけは、どちらもテロとの戦いの過程で引き起こされた惨事であり、直接的にはアメリカの過失によるものだからだろう。だとすれば、命の値段に大きな格差があることは望ましいことではない。
しかし、イラク人はイラク人被害者の額が安すぎると言っている。日本から見ればイラク人被害者については分かりにくいが、アメリカ人被害者については幾分高いと写るかもしれない。
単純に比べてみると、2億円は30万円の667倍である。
もし、等しい価値というのなら、2つの国の経済格差に呼応していなければならない。
例えば、Median household income(中位家計所得)を比較してみよう。
http://quickfacts.census.gov/qfd/states/00000.html(米国国勢調査局)
http://www.iq.undp.org/ILCS/income.htm(UNDP)
アメリカ……44,334ドル(2004)
イラク……255ドル(2003)
※イラクの数値は1ドル=1,500ディナール
44,334ドル÷255ドル=173倍
ただし、この開きは実際にはもっと小さい。UNDPがイラクの実際の所得は統計よりも多いはずと見積もっているからだ。
次に、一人当たりのGDPならどうだろう。
http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2007/01/data/
weorept.aspx?sy=2004&ey=2008&scsm=1&ssd=1&sort=country&ds=.&br=1
&c=111&s=NGDPDPC&grp=0&a=&pr1.x=99&pr1.y=15(IMF)
http://www3.brookings.edu/fp/saban/iraq/index.pdf(ブルッキングス研究所)
アメリカ……39,841ドル(2004)
イラク……949ドル(2004)
※ディナールとドルの為替レートについて研究所がまとめた資料には記述がなかったが、上記と大きくは変わらないだろう。7月19日現在、1ドル=1,250ディナール。UNDPは2003年を1,500ディナールとしている。
39,841ドル÷949ドル=42倍
これはかなり単純な比較だ。
GDPの統計数値は発表している機関によって若干変わってくる。また、イラクの場合なら2004年以降は予想になってしまうので研究者によってかなり差があるようだ。GDPの購買力平価換算値になるとなかなか探し出せない。しかし、それでも600倍なんて格差にはならない。
BBCのイラク特集ページでは、給与や物価について書いてある。なんだか、上にあげた数字からすると随分高いのだが…。
公務員なら月給72~380ドルらしい。パン1キロなら50セントだ。
http://news.bbc.co.uk/1/shared/spl/hi/
in_depth/post_saddam_iraq/html/6.stm
そうすると、これはもう計算するまでもなく、667倍の格差なんてありえない。もし、667倍の格差があるとすれば、アメリカ人のヒラ公務員の月給が500万円以上になってしまう。
72ドル×667倍=48,024ドル
やっぱり、イラク人の命の値段は随分安い。命の価値は平等ではないということか。
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